スペイン料理ひとりごと・その12
Entre cazuelas y morteros
スイカの皮
22. de julio. 2014
暑くなってくると、日本ではスイカの出番ですね。一昔前には高価だったメロンや、マンゴやパパイヤなどトロピカルフルーツが当たり前のものになっても、よく冷やしたスイカにかぶりつく美味しさは廃れていないと思います。
それに比べてスペインでは、スイカが日本ほど好まれないのはどうしてかな、とふと考えました。まず思いつくのは、スペインではメロンがとても身近な夏のフルーツで、その濃厚な美味しさにはスイカでは太刀打ちできない、ということです。
日本でも最近はメロンの種類が増えて、かなり甘くて美味しいものも手軽な価格で手に入るようになりましたが、スペインでは巨大なメロンが安い上にとても甘く、その甘さは糖度として計ったら相当なものだと思われます。それに比べてスイカは水っぽく味が希薄な印象になってしまいます。
しかし日本には、スイカに塩を添えて食べるという知恵があります。こうやって食べると、塩分補給になるというメリットもあるのでしょうが、スイカの甘さが引き立って、希薄な印象ががらっと変わります。
スペインでも、スイカに塩を添えたら印象が変わって、人気が出るのではないか? 現に、ハモン(生ハム)にメロンを添えるという食べ方は、ハモンの塩味がメロンの甘さを引き立てて一層コントラストを鮮やかにしているし・・・。でも、スイカにハモンでは、スイカが負けてしまいそうですね。水分が多すぎるため、テクスチャー(質感)の相性が良くないのです。スイカを濃縮してテクスチャーを変えたら面白くなるかもしれません。スイカのジュレ? スイカのエスプマ? スイカのガスパッチョ? こうしてテクスチャーで遊ぶことができるのは、スーパーシェフ、フェラン・アドリアが西洋料理に新しい地平線を切り開いてくれたおかげですね。スイカのテクスチャーということから、私の母が、瓜の漬け物と並んでスイカの皮の漬け物が好物だったことを思い出しました。歯が弱ったり入れ歯になったりしても、日本人は「カリッ」という漬け物の食感がなくては美味しいと感じないということを、母の嗜好は実感させてくれました。
スイカの果肉を食べたあとの外皮との間に残る白い部分を浅漬けにすると、カリッとするけれど噛み切れないほど硬くはない、その食感が食欲をそそるのです。季節外れになっても、漬け物を作るためにスイカを探してまわったことも、今は懐かしい思い出です。
しかしそもそも、「カリカリ」「フワフワ」「サクサク」「シコシコ」など、 食感がもたらす音を表現するオノマトペが他の言語に比べていかに多いかを見れば、日本人にとっての美味という観念のなかで食感が担っている部分の大きさを察することができます。そういう意味では、フェランが発見する数世紀前から、日本の食文化にはすでに「テクスチャーによる美味」という観念が当たり前のもととして存在していたのです。
2009年頃、イギリスの売れっ子シェフ、ヘストン・ブルメンタールにインタビューしたとき、「僕は最近科学者と協力して、高齢者の食欲とテクスチャーという研究をしているんだ。例えば、ビスケットのさくっとした食感、食べる時の音までもが、食欲を起こす衝動につながっているのではないかと・・・」と語り始めたとき、私は思わず「そんなこと、日本人なら誰でも知ってますよ!」と言ってしまい、ヘストンに怪訝な顔をされました。
味と香りという二つの感覚を最大限に引き出すことではヨーロッパの食のほうが先輩だけれど、触覚と聴覚を食べる事と結びつけるという点では日本の食文化のほうがはるかに先輩であることを、私たちはもっと誇りにしてもいいのではないでしょうか。
五感をフルに活用した美味しさ。その素晴らしさを見つめ直すとき、だからこそ良い食材を選ぶこと、的確な調理法で的確な調理時間を選ぶことがより大切になってくるはずです。そして、大切な食材を無駄なく使い切ることも。
飽食の時代が終わりつつある今、本当の意味の贅沢な食卓とは何かを、もう一度考えてみたいですね。スイカの皮の漬け物も、大地の恵みをフルに活用できる喜びを感じるなら、十分贅沢な一品になるのですから。
渡辺 万里