スペイン料理ひとりごと・その7
Entre cazuelas y morteros
ア・フエゴ・レント
20 de febrero.2012
スペインの料理の本をパラパラとめくっていて、ふとひとつの言葉が目に止まりました。A fuego lento.弱火で、という意味の、スペイン料理の作り方には絶えず登場する、おなじみの言葉です。
こんなに見慣れている言葉が気になったのは、ふと「スペインの若い人たちは、この言葉を知っているのだろうか。首を傾げたりしていないだろうか?」という疑問が浮かんできたからです。
大学の後輩の一人が、都内の高校で歴史の教師をしているのですが、彼女が披露してくれた教室でのエピソードのなかで印象に残っているひとつ。
「ロンドンでもっとも重要な建造物のひとつとして、大英博物館があります」
「え、先生、ダイエーってロンドンにもあるんですか、すごいな!」
こちらは、私の料理クラスでのエピソード。
「鶏肉は足がはやいので、すぐに切り開いて下味をつけましょうね」
「先生、足が速いのと料理と、何か関係があるんですか?」
食材が傷みやすいことを「足が速い」と表現するのは、もはや死語なのか。両親と歳が離れているので、私のボキャブラリーは時々かなり古めかしいのかもしれないなと思いながら、まな板から全力疾走する鶏の姿を想像して、私も生徒さんと一緒に笑ってしまいました。
でももしかしたら、スペインの若者たちも、
「どうして火が遅いんですか?着火しにくいんですか?」
なんて料理の先生に質問しているかもしれない。
言葉は移り変わる。言葉は生きている。それはよくわかっているつもりなのですが、その言葉を生み出した歴史や、言葉の奥に込められた暖かさまで消されてしまうのはさびしいな、と思ったりするこの頃です。
渡辺 万里