世界料理学会・報告その4
世界的に、レストランのあり方は変わりつつある。様々な災害や経済不況を経て、人々の目の向く方向そのものが変わってきている・・・。そんなことも、今回の函館の学会は感じさせてくれました。
それは、この2012年、「エル・ブジ」という大きすぎるほどに大きい指標が存在しなくなったという事実を受けて、「これからのレストランに求められるのは何か」というテーマが久しぶりに浮上してきた結果なのだと言い換えてもいいでしょう。創造性、独自性といった今までのキーワードに代わって「心地よさ」「自然であること」「素材への回帰」といった言葉やテーマがそこここで目につきました。
そんな流れをはっきりと、そして簡潔に示したくれたのがフランス人シェフ、アレクサンドル・ブルダスでした。彼は40分近い持ち時間をすべて使って、自分のレストランのポリシー、彼の料理哲学だけを語ってくれたのです。
「料理とは料理人の自己表現である。しかし、レストランというのは、シェフが自己満足のために料理を創作するための場所ではない。料理そのものが目的ではなく、レストランを訪れた人たち一人一人のために幸せな楽しい時間を作り出すことが、料理人の使命なのだから。」
大きな著名シェフのレストランで過酷なスケジュールをこなしていた仕事から、フランスのオンフルールという土地に自分のレストランをオープンし、「自分が楽しく仕事をするために、レストランは週4日しか営業しない。残りの3日間は自分のための時間」と、日本の多くのシェフが聞いたらため息をつきそうな理想の仕事の形を実現したアレクサンドルは、そうすることで「人々を幸せにするために料理を作る」という姿勢を貫くことを可能にしたのではないでしょうか。
「食卓は、喜びの場所でなくてはならない」という彼の言葉は、単にレストランの経営哲学としてではなく、料理という行為自体、食というシーンそのものが人間にとって本来喜びであるはずだという、彼の信念を私たちに伝えてくれた気がしました。そしてその言葉は、前日の懇親会で、山形の奥田シェフがぽつんと語った言葉を思い出させました。
「被災地に支援に行く、などという大層なことではありません。行って、そこの人たちと一緒に料理しているだけです。料理をする、まな板の上で材料を刻む。そういう動作が、家族や家を失って日常生活を失った人に、何か人間らしい感覚を取り戻させてくれるのです。」
料理すること。食べること。そこには本来喜びがなくてはいけない。この思いこそ、料理に携わる人間がもう一度思い出す必要のある原点ではないだろうか、と日本人シェフもフランス人シェフも、形は違っても同じことを教えてくれたのです。
(Gracias a Sa. Qua. Na. アレクサンドル・ブルダス、http://www.alexandre-bourdas.com/ )
渡辺 万里