スペイン料理ひとりごと・その4
Entre cazuelas y morteros
段ボールの香りは?

10 de octubmre.2011

料理エッセイ
 スペイン人のドライなところ、何のためらいもなくはっきりしているところ。ウェットな国であいまいさを身上とする日本人の感性とはいささかギャップが大きいので驚くこともありますが、そこに彼らのユーモアのセンスが加わると、怒るより笑ってしまう、ということが少なくありません。先日もこんなニュースをテレビで見て、思わず苦笑してしまいました。
 若いアナウンサーが町にでて取材する番組。彼は、最近ブームだというワインのテイスティングのグループを訪れて、いろいろ質問しています。
「ワインを理解して楽しむこと。ただ飲むのとは比較にならない、新しい世界が開けます」
と語るエレガントな講師の女性。テーブルでは、グラスをまわす手つきもなかなか堂に入っている男性、真剣な面持ちの女性など、みな深くワインの世界に埋没している様子。
 そこでアナウンサーは、こっそり中庭に出て「スーパーで1ユーロで買ってきた」というカートン入り1リットルのワインを取り出し、トレイに並べたグラスに注ぎます。そして会場に戻ると、「このワインをテイスティングしてコメントしてもらえますか?」と一人一人に尋ねていったのです。
「最初の香りは悪くない。ボディには欠けるが、とてもコレクトな(正しい)ワインですね」
「全体にバランスがいい。賞をあげるなら、金とか銀というわけにはいかないが、ブロンズくらいならあげられますね」
 1人をのぞいてほぼ全員が、このワインをしっかりほめます。そのたびにアナウンサーが、実に上手に切り返していきます。
「かなり上質なワインです」「さっき、1ユーロで買ったんですけど?」「・・・・・」
「軽やかなバランス。これはナバラ産か、ソモンターノ産ですね」「いえ、スーパー産です」「え、まさか・・・」
 からかわれた相手も、最後は恥ずかしそうに一緒に笑っています。
 そしてきわめつけは、
「赤いフルーツの香り。ほのかな菫のそよぎ・・・」などとお決まりのワインの表現を始めた男性に「段ボールの匂いはしませんか?」「??」「これ、1リットル入りカートンのワインなんですけど!」「そ、そんな・・・」

リオハのワイン店

リオハのワイン店

 あまり良いワインとは思えない、と答えたのは、比較的気取りのない男性一人だけで、アナウンサーが「あなたはえらい!」と握手を求めていました。
 権威あるテイスティングの会だから良いワインに決まっている、と決め込んでしまうこと。有名な店だからおいしいに違いない、と最初から疑わないこと。どれも、自分の舌や鼻ではなく、知識で味わってしまうことの危険性を教えてくれます。
 さらにいうなら、政府が大丈夫だといえば、何のデータもなく信じてしまうこと。政治家がこちらに向かおうと言えば、それが正しいのだろうと自分で考えずにうなずいてしまうこと。ワインの味見くらいでは終わらない、危ない錯覚だと思います。自分の目で見ていること。味わっていることに、もっと自信を持ちたいですね。
 それにしても当分、ワインを前にして「森のフルーツの香りが・・・」と聞くと「段ボールの香りは?」と言いたい誘惑を感じてしまいそうです。

渡辺 万里

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2011.10.10
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