¡Hola!

¡Hola!
2012年のクリスマス、皆さんはどんな日をお過ごしでしょうか。
スペイン・マドリードでは、不景気が叫ばれるなかでいささか複雑なクリスマスを迎えました。連日、地下鉄や公共機関のストが続き、クリスマスのためのボーナスが支給されなかった影響で、通りには人があふれてはいるもののクリスマスプレゼントの売れ行きは良くない。それでも、友達が集まってひと時を過ごすバルは活気にあふれているし、家族のためにクリスマスのごちそうを買う人々で市場はにぎわっています。
来る2013年はどんな年になるのか。失業者は減らないのか。医療保険や様々な改悪は止まるところがないのか・・・。様々な不安を抱えながら、それでも大切な人たちと集い祝うクリスマスは、この国にいくらかの安らぎをもたらしてくれたような気がします。
世界の子供たちが、より明るい未来を持つことができますように。離ればなれの家族が、皆一緒になれますように。世界中から戦火が途絶える日が来ますように。クリスマスの日には、そんな遠大な祈りをしてもいいのではないでしょうか。
どうぞ、楽しいクリスマスと新年をお過ごしください。

渡辺 万里

2012.12.26

¡Hola!

スペインのキノコ料理
 季節柄、スペインのテレビを見ても雑誌を見てもキノコ料理のオンパレードです。地方によってキノコの種類は様々でも、どれも美味しそう。
 それを見るにつけても、汚染された日本の国土のことが本当に口惜しく悲しい気持ちで思い出されます。今年は、私が例年楽しみにしている信州でも汚染度が高いため、キノコは採って食べないようにとの指示が出されました。
 キノコだけではなくて農作物も海産物も、今日大丈夫だと言われたものも、明日のことはわかりません。刻々と変わる判定を待つことは、消費者以上に生産者にとって、どんなにか辛いことでしょう。
 現状を把握して、最善の道を探すこと。これ以上被害を増やしたり悲劇を繰り返さないために、それぞれが何が出来るか考えること。日本の私たちには、色々な課題が出されていると思います。
 安心して、おいしく食べられる。当たり前だと思っていたことのありがたさをひしひしと感じるとともに、次の世代のために安全な食を確保するよう努力しなくてはと痛感するこの頃です。

渡辺 万里

2012.11.01

¡Hola!

島根県津和野の鮎料理(撮影:小浦場 祥夫)

(撮影:小浦場 祥夫)

 今、世界の料理人たちが最も注目しているのは日本料理だ、といいます。「21世紀は日本料理の時代だ」と言い切るシェフも少なくありません。
 世界の料理シーンの最先端を走ってきた「エル・ブジ」のフェラン・アドリアの料理が、日本料理そのものだけでなく日本の食文化の根本、もてなしの哲学までも理解して取り入れたものであることはいうまでもないでしょう。
 そして、日本の料理の素晴らしさに触れるたびに、それはもっともなことだとうなずいてしまいます。ここまで自然に寄り添った、自然と共存して生まれた料理は世界でも類をみないでしょう。
 夏が来る。鮎が採れる。それを炭火で焼いて頭からワタまで全部おいしく食べる・・・。これ以上シンプルな発想はなく、これ以上贅沢な料理もありません。
 どんなにアイデアを凝らした新しい料理の皿が美しくても、この1匹の鮎の姿にはかないません。そこには、自然を愛し、自然と闘うのではなく受け入れるところから始まる日本人の姿勢がはっきりと現れています。
 この自然を失うようなことを許していいのでしょうか? 鮎が汚染されて、もう美しい炭火焼にできなくなってしまってもいいのでしょうか?
 世界は今、日本に注目しています。私たちが、どうやって日本の自然を守って行くのか、子供たちの未来を築いていくのか。そして日本の素晴らしい食を世界中に発信し続けていくことが出来るのか。その問いに答えるにはまず、この美しい国に生まれた幸運を改めて感謝し、その美しさを守るために何をしたらいいのか、一人一人が考えていく必要があるのではないでしょうか。
※写真「島根県津和野の鮎料理(撮影:小浦場 祥夫)」

渡辺 万里

2012.07.12

世界料理学会・報告その4

世界料理学会in Hakodate
世界的に、レストランのあり方は変わりつつある。様々な災害や経済不況を経て、人々の目の向く方向そのものが変わってきている・・・。そんなことも、今回の函館の学会は感じさせてくれました。
それは、この2012年、「エル・ブジ」という大きすぎるほどに大きい指標が存在しなくなったという事実を受けて、「これからのレストランに求められるのは何か」というテーマが久しぶりに浮上してきた結果なのだと言い換えてもいいでしょう。創造性、独自性といった今までのキーワードに代わって「心地よさ」「自然であること」「素材への回帰」といった言葉やテーマがそこここで目につきました。
そんな流れをはっきりと、そして簡潔に示したくれたのがフランス人シェフ、アレクサンドル・ブルダスでした。彼は40分近い持ち時間をすべて使って、自分のレストランのポリシー、彼の料理哲学だけを語ってくれたのです。
「料理とは料理人の自己表現である。しかし、レストランというのは、シェフが自己満足のために料理を創作するための場所ではない。料理そのものが目的ではなく、レストランを訪れた人たち一人一人のために幸せな楽しい時間を作り出すことが、料理人の使命なのだから。」
大きな著名シェフのレストランで過酷なスケジュールをこなしていた仕事から、フランスのオンフルールという土地に自分のレストランをオープンし、「自分が楽しく仕事をするために、レストランは週4日しか営業しない。残りの3日間は自分のための時間」と、日本の多くのシェフが聞いたらため息をつきそうな理想の仕事の形を実現したアレクサンドルは、そうすることで「人々を幸せにするために料理を作る」という姿勢を貫くことを可能にしたのではないでしょうか。
「食卓は、喜びの場所でなくてはならない」という彼の言葉は、単にレストランの経営哲学としてではなく、料理という行為自体、食というシーンそのものが人間にとって本来喜びであるはずだという、彼の信念を私たちに伝えてくれた気がしました。そしてその言葉は、前日の懇親会で、山形の奥田シェフがぽつんと語った言葉を思い出させました。
「被災地に支援に行く、などという大層なことではありません。行って、そこの人たちと一緒に料理しているだけです。料理をする、まな板の上で材料を刻む。そういう動作が、家族や家を失って日常生活を失った人に、何か人間らしい感覚を取り戻させてくれるのです。」
料理すること。食べること。そこには本来喜びがなくてはいけない。この思いこそ、料理に携わる人間がもう一度思い出す必要のある原点ではないだろうか、と日本人シェフもフランス人シェフも、形は違っても同じことを教えてくれたのです。
(Gracias a Sa. Qua. Na. アレクサンドル・ブルダス、http://www.alexandre-bourdas.com/

渡辺 万里

2012.05.26

「世界料理学会 」報告!その3

世界料理学会
東日本大震災は、避けて通ることのできない命題として、今回の学会の通奏低音のように常に流れていましたが、なかでも被災した現場からの声を届けてくださった塩釜のシェフの写真と話は、日常のなかでの突然の災害の衝撃の大きさを実感として感じさせてくれました。
フランスでの修業時代。まだカフェと呼んでもいいような、塩釜での最初のレストラン。フレンチレストランというものがまだ定着しにくかった時代の地方都市での奮闘が、エレガントなレストランへと結実していくまでの苦労。そしてその積み重ねを一瞬にして押し流した津波・・・。
それは、被災地の多くの方が体験したドラマのひとつなのでしょうが、料理人という共通の立場に立って話を聞く多くの観客にとっては、他人事とは思えない生々しさで迫ってくるものがあったようです。
「冷蔵庫はそのまま流されて、通りの先の建物にぶつかって止まったので無事だった。なかの野菜も無事だったので、翌日からその野菜を使って炊き出しをした。自分も暖かいものがほしかったので、これも無事だった大鍋をずらっと並べて味噌汁を作った・・・」
淡々と語るシェフ。開店当時、一般の人に受け入れてもらうためとはいえ、ハンバーグを出すことにも抵抗があり、カレーを出せと言われても首を縦に振らなかった生粋のフレンチのシェフが、ためらいなく味噌汁を作っている姿は、そこにこそ、「今の時代を、料理人としてどう生きるか」というこの学会の命題への見事なひとつの答えがあることを皆に示唆してくれたのでした。
(Gracias a Chez Nouz, 赤間 善久、http://www.cheznous.co.jp/

渡辺 万里

2012.04.27
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