スペイン料理ひとりごと・その11
Entre cazuelas y morteros
「琉球」を巡って

10. de noviembre. 2013

料理エッセイ
 先日、家の近くの居酒屋さんで、久しぶりに「琉球」を食べました。
 ご存じの方も多いかもしれませんが、「琉球」というのは、アジなど青魚の刺身を甘口の醤油とネギ、ゴマなどの薬味であえたもので、大分の郷土料理です。そのまま食べてもおいしいけれど、炊き立てのご飯にのせてもおいしい。

 私がこの料理と出会ったのは、大分のふぐ料理屋さんでのことで、そこのおかみさんが名前の由来を教えてくれました。
 「大分の港から漁に出る漁師たちが、長い船旅の途中、捕った魚が傷まないように薬味と醤油で漬け込んでおいて食べた。遠いところまで漁にいくのを「琉球にいく」と言うので、それが名前になったのです」
 最近新たに聞いた話では、名前の由来については違う説もあるようです。また、大分だけではなく鹿児島など九州の他の地方でも「琉球」を食べるようです。

大分の琉球

大分の琉球

 ところで、このふぐ料理屋さんには、Yちゃんというかわいらしい娘さんがいて、縁あって彼女は、私のアカデミーで一時期アルバイトをしてくれたことがあります。そのYちゃんが、仕事の合間に語ってくれた話。それは、彼女がお母さんの経営する料理屋さんを手伝っていた時のことです。
 ほかの従業員はみな留守にしている休憩時間の料理屋さんに、一人の男性が入ってきました。Yちゃんが営業時間ではないので、と一応断ると、その男性はこう言いました。

 「実は今日、刑務所から出てきたんです。久しぶりに琉球が食べたくて、ここなら食べさせてもらえるかな、と思って・・・。」

 Yちゃんは、琉球だけなら私でも作れます、と言ってすぐに作り、琉球と白いご飯を出しました。男性は喜んでそれを食べ、何度もお礼を言って帰っていったそうです。

 私は、まだ18歳くらいのYちゃんから、ずいぶん色々なことを教えてもらった気がしました。まだ将来の方針が決まらない、何をしていくか迷っているというYちゃんでしたが、あの時、琉球を作って食べさせてあげようと決断した彼女なら、何の仕事を選んだにしてもきっと、人に喜ばれる仕事のできる女性になるだろう、しかも判断力のある人間になるだろう、と感じたことでした。
 人と食べ物との出会い。それは、人と人との出会いと同じように、人生のなかで思いがけないほど大きな意味を持つことがあります。食べ物を人に供するということの意味、と言い換えてもいいかもしれません。
 私自身も、かつてスペインで出会った女性の料理人、ティナの料理と言葉を、今も自分のなかに大切に抱えています。
 彼女は、シンプルで美味しい、家庭料理としてのクロケッタ(コロッケ)を私に教えてくれました。そして「おいしい!」と感激する私にこうささやきました。
 「愛情よ。料理に対する愛情。食べてくれる人への愛情。それがあれば、自然においしい料理ができるのよ。」
 Yちゃんも、いつも作ったり食べたりしている琉球という家庭料理に対する愛情、そしてその料理を食べたいと思い詰めてきた人に喜んでもらいたいという気持ちを込めて、一皿の琉球を作ったのでしょう。その琉球のぬくもりは、すさんだ時を過ごしてきた男性を、やさしく癒してくれたのではないでしょうか。
 知識や技術にばかり気持ちが向いてしまう時。人に感心してほしい、驚いてほしいという欲が先行してしまう時。そんな時、ティナの言葉を思い出します。そして、刑務所帰りの男性に素直に琉球を作ってあげたYちゃんのことも思い出します。
 料理を作った人も幸せになる。食べた人も幸せになる。そんな料理を作りませんか?

渡辺 万里

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2013.11.10
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